祝100記事!3人の公務員から始まったAI新潟誕生ストーリー
こんにちはAI新潟です!
このたび、AI新潟のブログは100記事を迎えました!いつも読んでくださる皆さん、活動を応援してくださる皆さん、本当にありがとうございます。
100という節目にお届けしたいのは、AIの使い方や便利なツールの紹介ではありません。今回は、AI新潟がどのように生まれ、なぜここまで活動を続けてこられたのか、その原点をお話しします。
AI新潟の始まりは、特別な能力を持つ専門家たちの華々しい挑戦ではありませんでした。自分の能力にコンプレックスを抱え、「このままでいいのだろうか」と悩んでいた3人の公務員が、AIに可能性を感じて動き出したことが、すべての始まりです。
この記事で分かること
- AI新潟が生まれるまでの物語
- 3人を結びつけた共通の悩みとAIへの熱狂
- 中野AIと畠山AIの人柄やチームでの存在感
- 結成記念日「ポテトの日」の由来
- 100日連続投稿から仲間が増えるまでの歩み
- AI新潟がこれからも大切にしたい思い

目次
- AI新潟が生まれる前の山田AI
- 人生を動かしたAIとの出会い
- マクドナルドで生まれた「ポテトの日」
- この3人だから始められた
- 無謀だった100日連続投稿
- 活動がつないでくれた新しい仲間
- 100記事の先へ
- まとめ
AI新潟が生まれる前の山田AI
物語は2023年、山田AIが一人で活動を始めたところから始まります。
当時の山田AIは、自分の能力に強いコンプレックスを持っていました。公務員以外の仕事を経験したことがなく、30代半ばを迎えて将来への不安も大きくなっていました。
文系出身で、デジタル機器や新しいサービスは好き。それでも、胸を張って「これが特技です」と言えるほどではない。自信を得たくて資格の勉強に明け暮れた時期もありましたが、不安を消す答えにはなりませんでした。
もし公務員ではなくなったら、自分には何が残るのだろう。
そんな問いが、毎日のように頭から離れませんでした。

人生を動かしたAIとの出会い
迷いの中にいた山田AIが出会ったのが、AIでした。
新しいものが好きで、デジタルも好き。一方で、細かな作業を積み重ねることは少し苦手。そんな自分の特徴とAIは、不思議なほど相性がよく感じられました。
「これなら、自分にも何かできるかもしれない」。そう思った山田AIは、動画やソーシャルメディアを通じて情報を集め、ひたすら勉強しました。これまで経験のなかった情報発信にも挑戦し、ソーシャルメディアやブログを始めました。
けれど、思いだけで走り続けることには限界があります。調べるのも、学ぶのも、発信するのも一人。次第に、山田AIは「一人では続かない」と悟りました。
マクドナルドで生まれた「ポテトの日」
そこで相談したのが、中野AIと畠山AIでした。
2024年7月31日、3人はマクドナルドに集まりました。山田AIは、自分が感じていたAIの可能性を二人に伝えます。話せば話すほどアイデアが広がり、3人は夢中になりました。
「AIを使えば、もっと面白いことができるかもしれない」「自分たちにも、新しい一歩を踏み出せるかもしれない」。ポテトを食べながら語り合った時間は、いつしか熱狂へと変わっていきました。
この日が、AI新潟の結成日です。私たちは今も、あの日を親しみを込めて「ポテトの日」と呼んでいます。
この3人だから始められた
緻密で頼れる、愛されキャラの中野AI
中野AIは山田AIの同期です。公務員として10年以上働く中でも、二人はずっと将来や挑戦について語り合ってきました。長い時間が過ぎても山田AIが野心を失わずにいられたのは、中野AIとの対話があったからです。
中野AIの強みは、緻密な計算と専門的な知識です。勢いだけでは進めない場面で、細部まで考え、確かな視点を与えてくれます。普段は仕事が忙しく、なかなか活動に参加できない時期もあります。それでも、本当に困ったときや大切な判断が必要なとき、最後に頼りになるのが中野AIです。
一方で、その頼もしさとは少し違う親しみやすい一面もあります。なぜかみんながついいじりたくなり、場にいるだけで会話が生まれる、AI新潟の愛されキャラです。AI新潟の「おはようLINE」で使われているメッセージ画像にも、中野AIが登場しています。緻密さと専門性、いざというときの安心感、そして自然と人に愛される人柄。そのすべてが中野AIらしさです。
チームをつなぐ潤滑油、畠山AI
畠山AIは、山田AIが所属していたバイクサークルの会頭でした。いつも楽しいことに誘ってくれて、自然とみんなの中心になる存在です。山田AIは、その人を引き寄せるカリスマ性にずっと憧れていました。
畠山AIは裏表がなく、いつも明るくて素直です。コミュニケーション力が高いだけでなく、周囲の様子をよく見ながら、さりげなく気配りもできます。意見や個性が異なるメンバーの間に入って空気を和らげ、それぞれが気持ちよく活動できるようにしてくれる、まさにチームの潤滑油のような存在です。
AI新潟が結成から2年が経っても一つのチームとしてまとまり、活動を続けていられるのは、畠山AIのおかげだと感じています。目立つ場面だけではなく、普段の何気ない声掛けや気遣いが、人と人とのつながりを支えてくれています。明るさで人を集め、素直さで信頼を生み、気配りでチームをつなぐ。それが畠山AIです。
「いつか何かを始めるなら、この3人でやりたい」。山田AIの心には、以前からそんな思いがありました。
3人に共通していたのは、自分の能力へのコンプレックスです。得意なことが何もないように感じたり、未来に自信を持てなかったりする。その悩みを抱えた3人がAIと出会い、それぞれの違いを力に変えながら、初めて同じ方向へ走り始めました。AI新潟が動き出した瞬間でした。

無謀だった100日連続投稿
結成したものの、最初は何をすればよいのか全く分かりませんでした。それでも立ち止まらず、がむしゃらに始めたのが、AI活用の動画を100日連続で投稿するチャレンジです。
毎日テーマを考え、AIを試し、内容をまとめ、動画にして発信する。言葉にすると簡単そうですが、続けることは本当に大変でした。仕事や日々の生活と並行しながらの挑戦は、決して楽なものではありません。
それでも続けられたのは、仲間がいたからです。一人なら諦めていた日も、3人なら声を掛け合えました。誰かの挑戦する姿が、別の誰かの背中を押しました。
AIの知識だけではなく、「仲間と取り組めば、自分の限界を少し越えられる」ということも、この挑戦から学びました。
活動がつないでくれた新しい仲間
発信を続けていると、少しずつ景色が変わり始めました。地元メディアに活動を取り上げていただき、セミナーの依頼も増えていきました。そして何よりうれしかったのは、AI新潟の思いに共感してくれる仲間が、一人、また一人と増えていったことです。
始まりは、自信のない3人でした。けれど、完璧ではないからこそ、初めてAIに触れる人の戸惑いに寄り添えます。専門家ではないと感じていたからこそ、「一緒に学ぼう」と自然に声を掛けられます。
かつて弱みだと思っていたものが、誰かとつながる力に変わっていったのです。今のAI新潟には、3人以外にも個性豊かな仲間がいます。今後の記事では、そんなメンバーたちの人柄や活動への思いも紹介していく予定です。どうぞ楽しみにしていてください。
100記事の先へ
そして今、AI新潟のブログは100記事という節目を迎えました。
一つひとつの記事の先には、読んでくださる皆さんがいます。「やってみたい」「面白そう」「自分にもできるかもしれない」。そんな小さな気持ちが生まれるきっかけになっていたら、これほど幸せなことはありません。
AI新潟は、完成された人たちだけの場所ではありません。自信がなくても、特別な能力がないと思っていても、新しいことを面白がり、誰かと一緒に一歩を踏み出せる場所でありたいと考えています。
読者として記事を楽しむことも、AIを一つ試してみることも、活動に関心を寄せることも、すべてが物語の一部です。これからもAI新潟と一緒に、まだ見たことのない未来を楽しんでいただけたらうれしいです。

まとめ|コンプレックスから始まった物語は続いていく
AI新潟は、自分の能力にコンプレックスを抱えていた3人の公務員から始まりました。山田AIがAIと出会い、中野AIと畠山AIに思いを伝え、ポテトを囲んで熱狂した日。何をすればよいか分からないまま始めた100日連続投稿。そして、活動を通じて出会えたたくさんの人たち。そのすべてが、今のAI新潟につながっています。
緻密な計算と専門知識で最後に頼りになる中野AI。裏表のない明るさと気配りでチームをつなぐ畠山AI。異なる個性を持つ仲間が支え合ってきたからこそ、AI新潟は歩みを続けることができました。
100記事はゴールではなく、新しい物語の通過点です。これまで応援してくださった皆さんに、心から感謝します。そして、これからAI新潟を知ってくださる皆さんも大歓迎です。
ぜひ今後の記事も読んで、気になるAI活用を一つ試してみてください。これから登場するほかのメンバーの紹介もお楽しみに。面白かった記事や心に残った出来事があれば、周りの方にもAI新潟を紹介していただけるとうれしいです。皆さんと一緒に、この物語の続きをつくっていきます。
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